歴史探訪コース

成法寺じょうほうじ

時代は変貌しようとも 人の心は変わらず  

成法寺の石段を登れば、魂が洗われるような気を感じる
ただ、宗教を考えず、手を合わせたくなるのはなぜだろう


成法寺は、御倉入三十三観音の一番札所でもある
拝観料 無し
所在地 只見町大字梁取字仏地  
只見駅より車で25分  map


 観音堂 和唐折衷の様式を持つ国重要文化財


  
観音堂は、仏地成法寺境内のほぼ中央に位置し、本堂の正面脇にあって、法城の中心をなしている。この地は、平安時代の初期に徳一によって開かれた
法相宗の道場の跡と伝えられており現在も法城に
ふさわしい景観と環境を残している。
観音堂は、茅葺き寄棟造りで、三間四面の廻り縁の
ある可憐な堂であるが、和様と唐様をまぜた壮麗な
建物で、この地方にはない情緒豊かな鎌倉時代の
文化の遺構をとどめている


聖観音菩薩座像 国重要文化財
 
髪を高く結い上げ、半分開いた両眼は切れ長に伸びる。知的な顔立ちも特徴だ。
 雪深い山間の地に約700年を経て、当初の彩色が鮮やかに残っている。ほとんど剥落(はくらく)もなく、精緻(せいち)な文様も無事にある。この像が応長元年よりこの地に安置されてきたことは、銘記中に「奥州伊北郷梁取村成法寺」と伊北(いほう)郷以下の地名と寺名が記されているところから明確だ。むしろこの地に安置するためにつくられたといってもよい。

長沼一族の皆川宗員(むねかず)の孫である宗景(むねかげ)によってつくられた。
成法寺がある伊北郷は、中世では山内氏の領するところとなっている。宗景は他氏の支配する地に、自身の信仰する仏像を安置している。

仏地山(ぶつちさん)は寺の裏に聳(そび)える険しい岩山で、
この地は仏の地、すなわち観音菩薩の霊地であり、そのため、たとえ他氏の領地ではあっても、宗景はこの地に安置しなければならなかった。成法寺の地は今も仏地という地名にふさわしい清浄な環境が守られている。環境が整っていたからこそ、約七百年の間、この像も保持されてきたのである。

公 開 : お盆期間内と観音様祭 (8月14日〜17日)
       
    他の期間は要予約 電話0241-73-2118(大泉寺)
像高76.1cm
 
 観音堂裏の籠岩(仏地山)を見よう! 
自然がつくりだした奇岩とでも言うのだろうか 
この地域には、
弘法大師伝説があります。
 弘法大師がこの籠石を見て、この地にお寺を造るか柳津(圓蔵寺」に造るか、お迷いになられ8回足を運ばれたそうです。
それで、この土地の地名が「八戻り」「やもどり」「梁取」になったとか! また、「ただみても川ばかり」「只見川」と言われたそうです。
その他、弘法大師伝説は、塩沢と宮渕にもあります。